2019年04月19日

梅鶯仏壮会報第154・155号より

 今年もこうして梅鶯仏壮年中行事の最後であります「竹灯籠の夕べ」を迎えることが出来ました。有り難いことと思います。

○「旅の恥はかき捨て」
 前号の会報に、北村喜代信氏が旅の楽しさについて書いて下さいました。皆さんも既にお読みのことと思いますが、その中で、「旅に出ると『旅の恥はかき捨て』とばかりに行儀の悪い別の人格が出ます」と言った様なことを面白く書かれておられました。
 一般的にこの「旅の恥はかき捨て」という言葉は、確かに喜代信さんが仰るような意味合いで使っています。
 ところが本当の意味あいはちょっと違って、むしろ良い意味での「格言」なのだということを聞いたことがあります。
 それはどのようなことかと言いますと、平生の私達はやはり「他人から悪く見られたくない」「笑われたくない」というように、常に他人の目を気にしながら暮らしています。
 ですから何か分からないことや、知らないことがあ ったとしても、「こんなことを尋ねて笑われないだろうか」「こんなことを聞いたら馬鹿にされないだろうか」と、質問することを躊躇(ためらう)することがよくあります。特に日本人の気質がそうなのだそうです。
 けれども旅先では、たとえ恥ずかしいような質問であっても、その場限りで済むことですから、もしも分からないことや知らないことがあったならば、「大いに質問をして、自らの見聞を広め、見識を深めましょう」ということなのです。ですから「恥のかき捨て」という言葉は、私達に積極さを促す良い意味での先人の言葉なのだということです。

○自分と向き合う
 いずれにしましても、平生の私達は他人(ひと)の目を気にしながら生きていることには間違いありません。
 もちろん他人の目を気にすることは、社会生活を送る上でとても大切なことではありますが、抱えている疑問を素直に出せないことは問題かも知れません。
 と同時に、実は他人に対してだけではなく、自分自身に対しても素直になれないことがあるのです。
 特に、自分にとって都合の悪いことには、なかなか素直に向き合うことができず、ついつい避けて通りたくなります。
 「老いること」を素直に認めることは難しいことです。「病むこと」を素直に受け入れることも難しいことです。
 なんといっても、私達にとって一番大きな不都合である「必ず死ぬ」ことを受け入れることは容易なことではありません。
 それは「死んだらどうなる」の疑問に正面から向き合うことが難しいからなのでしょう。
「死んだらどうなるなんて考えていたら、世の中なんて生きていけない」と考えている人が多いのではないでしょうか。
 けれども、この命の問題をきちっと解決した上で人生を送ることができたならば、豊かな人生になるのではないでしょうか。

○ある女性のお話
 ある女性が小学校4年生だった時のお話しで、とてもかわいがってくれていた隣のおばあちゃんが亡くなりました。
 少女だったその女性は、悲しみの中で「おばあちゃんは何処へ行ったのだろう?」「人は死んだらどうなるんだろう?」と疑問に思ったそうです。
 そこでお母さんに聞いたのだそうです。「お母ちゃん、隣のおばあちゃんは何処に行ったの?人は死んだらどうなるの?」と。
 そしたらお母さんは、ドキッとしたような顔して、その後困った顔をしながら「そういうことはお父さんに聞いてみたら」と言われたそうです。

○少女の疑問はつづく
 そこで今度はお父さんが仕事から帰って来るのを待って、同じように聞いてみました。
 するとお父さんもやっぱり困ったような顔をして、「そんなことはもっと年を取ってから考えれば良いんだ」と仰ったそうです。
 けどもその女性はどうしても気になったので、今度は学校の先生に聞いたのだそうです。
 そうしたら先生はちょっと怖い顔をして「もっと他に考えなければならないことがあるだろ。今はしっかり勉強しないといけないのと違うか」と仰ったというのです。
 如何でしょうか?
「もっと年取ってから考えれば良い」「もっと他に大事なことがある」。
 これはみんな「逃げ」なのですね。
 「必ず死ぬ」とはいうけれど、今日や明日ということはないだろう、と考えるのが私たちです。
 特に情報社会・グローバル社会と呼ばれる昨今の世では、今たちまちに考えなければならないことや、行わなければならないことが多く、人間の命の問題や人生そのものを深く考えることが、より難しくなっているのかも知れません。「そんなこと考えていたら、世の中生きていけない」とこうなるのですね。

○豊かさとは?
 その女性は納得できないままに過ごしていたのですが、ある時仲良しの友達に何気なしにその話をしたのだそうです。
 そうしたらその友達は、「えっ、私も私のおばあち ゃんが死んだ時に、お母さんに同じことを聞いたよ」と意外な返事が返ってきました。
 そして、「おばあちゃんは今は仏さまとなって、今度は仏さまとしてあなたを見ていてくれるのよ」とお母さんが話してくれたことや、そして「だから私は時 々お仏壇にお参りしていてこの頃はお仏壇にお参りするとなんだかおばあちゃんに会えてるような気がするの」と聞かせてくれたというのです。
 それでなんだかこれまでの胸のつかえがすっと下りたように思えたと言うのです。
 どうでしょうか。逃げ回っている大人と、おばあちゃんは仏さんになったと信じてお仏壇に手を合わせる少女と、どちらの方が心が豊かでしょうか。
 その女性は「大人になった今、お仏壇に手を合わせる生活を送らさせて頂いていますが、それはあの時に仲良しの友達が、あのように言ってくれたお陰だと喜んでいます」ということです。

○手を合わす生活
 日本人の豊かな心が失われつつあるとよく指摘されます。
 それは「手を合わせること」が少なくなり、手を合わす心が失われつつあることに大きな要因があるように思われます。
 梅鶯仏壮の皆さんが手を合わせている背中を子や孫に見せることによって、一人でも多くの人達に仏教を基盤とした日本人の良き心を思い出して頂くよう、来年もまた梅鶯仏教壮年会の活動を大切にして頂きたいと思うことであります。
 これをもちまして本年最後の法話とさせて頂きます。

「竹灯籠の夕べ」住職法話より
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2019年01月30日

梅鶯仏壮会報第153号より

 本年もこうして報恩講をお迎えできましたこと有り難いことと存じます。
 浄土真宗の門徒にとっては「ほんこさん」と呼ぶ最も親しみのある年中行事ですが、もともとこの「報恩講」は、親鸞聖人のひ孫に当たられる本願寺第三代門主の覚如上人が、親鸞聖人の三十三回忌の法要に当た って「報恩講式」という文書を著され、その中で報恩講の意義と、報恩講の法要の形式を整えられたのが始まりであることは、これまでも度々お話しをしております。
 覚如上人が示された報恩講の意義を改めて申しますと、それは親鸞聖人への心として三つにまとめられています。
 一つには、親鸞聖人が生涯をかけて、お念仏のみ教えをお示し下さったこと。
 二つには、そのみ教えよって私達一人一人が悦びの報恩生活を送らさせて頂いていること。
 そして三つ目は、その悦びを一人でも多くの人に伝えてゆくということです。

○「報恩」ということ
 そこで「報恩」ということについて、少しお話しをさせて頂きます。
 「報恩」は一般的に「恩に報いる」と読み、何かを仕向けて頂いた方にお礼を言ったり、お礼の金品を差し上げるといったイメージがあります。
 もちろんそのような行為も間違いではないですが、「報」という字には「ぴったりと一緒になって離れない」、「なされているはたらきと一体となって離れない」、「願われているそのままの私になる」といった意味もあるそうです。
 浄土真宗の報恩講の「報恩」はこちらの方の意味合いで、読み方も「恩に報いる」ではなく「恩を報(ほう)じる」と読む方が正しいのです。

○報じるとは
 こんなたとえ話があります。
 ある見知らぬ町で道に迷って帰る駅の方向が分からなくなったとします。そこで通りすがりの人に駅の方向を尋ねました。
 尋ねられた方は親切に「この道をまっすぐ行って二つ目の角を右に曲がって ・・・」と教えてくれました。
 この教えて下さった方への「報恩」とはどういう行為になるかです。
 もちろん「有難うございました」と丁寧に御礼を言うことも大切です。時には持ち合わせのお菓子を差し上げることもあるかも知れません。
 けれども御礼を言っておきながら、「やはり私はこちらの方角だと思います」と云って、教えてもらった方角とは違う方角へ進んだとしたらどうでしょうか。
 教えた人の親切がすべて無駄になり、どんなに言葉で御礼を言ったとしても、その方の恩に報いたことにはなりません。
 教えられた通りの方向に進んでこそ初めて「報恩」となるのです。

○親鸞聖人への報恩
 このような報恩の意味合いを考える時、覚如上人が示された前述の三つの意義の内、やはり二番目の意義が大切になるのではないかと思います。
 もちろん一番目の親鸞聖人がお念仏の教えをお示し下さったことは根本中の根本で、これがなければ浄土真宗はあり得ません。
 けれどもこのことを讃えるのは思想家や哲学者の中にも沢山おられるでしょうが、それで終わるならば親鸞聖人に対する報恩とはなりません。
 やはり大事なことは、この私が「願われているそのままの私になる」ことなのでしょう。その時初めて親鸞様は微笑んで下さるのではないでしょうか。
 そしてその時には、自ずと第三番目の行為が生じてくるのでしょう。
 この本来の意味に思いを馳せて、ご一緒に報恩講を勤めさせて頂きたいと思います。

 報恩講住職法話より
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2018年10月21日

梅鶯仏壮会報第149号より

○池上彰さん
 池上彰さんといえば、さまざまな問題をわかりやすく解説して下さるジャーナリストとして有名で、膨大な量の著作物もあります。
 余談ですが、池上さんには7年前から龍谷大学で特別講義(年1回)を開講して頂いており、本講座が同窓会の寄付講座であることから、同窓会副会長の小職は池上さんと食事やお話しをする機会を毎年頂いております。
 池上さんは、著書「宗教が分かれば世界が見える」で、宗教から世界のニュースを解説されているように宗教に関しても大変に造詣が深い方です。
 特に世界の三大宗教(キリスト教・イスラム教・仏教)を中心にその教義に対する知識だけでなく、実際にその宗教に生かされている人々の現場に足を運び、理解を深めておられます。まさにジャーナリストとしての本領を発揮されています。
 その池上さんが、さまざまな世界の宗教を学んだ上で、「私は結局仏教徒なのかと思えるようになった」と仰っています。そのことが著書「仏教って何ですか ?」に記載されており、大変示唆に富んだ内容なので簡単に紹介致します。

○一神教と仏教との世界観の違い
 まず池上さんは「私はどの宗教を信じるでもない典型的な日本人に育ち、高校の授業でキリスト教に関する課題が出て初めて新約聖書を本気で読んだが、この世のすべてを創った神様がいるという考え方がしっくりこないまま大人になりました」と回顧されてます。
 ところが、取材などで海外に行く機会が増え、宗教を意識せざるを得なくなる中で、「教えとして自分にしっくりくるのは、やはり仏教ではないかと次第に思うようになりました」と仰り、それは「キリスト教やイスラム教といった唯一絶対の神を信じる人達にとっては、その神を信仰しない宗教など認められない、異教徒は敵だということになりやすくなることがあります。宗教だけが原因ではありませんが、一神教を信じるもの同士の対立が多くの戦争を引き起こしてきました」。ところが「仏教では創造主といった存在を想定せず、すべての現象は原因と結果の連なりである因果で成り立っている」と説かれる教えに、「安心して心を委ねられる思想」と感じたからだそうです。
 つまり仏教の根本思想である「縁起」による世界観が、自然なかたちで受け入れられたということです。

○ダライ・ラマ法王との出会い 
 池上さんは「仏教の世界観は、信仰を持っていなくても受け入れられる。仏教には懐の深さを感じます」
 そして仏教は「物事には必ず原因があって結果が生じると考える。実に科学的な態度です」「私が仏教を心地よいと感じるのは、その寛容さとともに、科学的な姿勢を持っているからでもあります」とも仰っています。
 そして池上さんの仏教への理解を決定づけたのは、チベット仏教ダライ・ラマ法王との出会いです。
 ダライ・ラマ法王と対談を重ねる中で、「法王との出会いによって、仏教の説く教えこそ、生きていく上での道しるべ、あるいは灯明として活かしていけそうだと確信できるようになりました」と仰っています。

○仏教の本質
 また池上さんは、「仏教は控えめな宗教で、他人に信仰を押しつけたりはしません。信じるか信じないかは、自分で判断せよとブッダも言ってます」「こちらから求めなければ得られない教えですから、初めは縁遠いと感じてしまうかもしれません。しかしいざ中身を知ってみると、そこには実に心地よい世界が広がっています。安心して心を委ねられる思想。私も実際、そう感じてます」とも仰っています。
posted by ryoho at 10:12| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第149号より

 春暮れてのち夏になり、
 夏果てて秋の来るにはあらず。
 春はやがて夏の気を催し、
 夏より既に秋は通ひ、
 秋はすなはち寒くなり


 これは、兼好法師の「徒然草」の中にある1節で、実に味わい深いものです。

○季節の移ろい
 「春暮れてのち夏になり夏果てて秋の来るにはあらず」とは、春が暮れてから夏が来るというのではないし、夏の季節が果ててしまって秋が来るというのでもない、ということですが、つまり、いつの日かパッと春が終わって、その後にパッと夏が来るという事でもないし、夏という季節の果てる日があって、つぎに秋の季節が始まるという事でもない、ということです。
 そして後半の、「春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋はすなはち寒くなり」とは、春の季節の中でいつのまにか夏の気配が現れ、夏の季節の中で早くも秋を感じることがあり、秋の季節そのものが寒さを感じて冬へと移っていくのである、といったようなことです。
 すなわち、季節の移ろいというのは、冬が終わって春、春が終わって夏といったようなものではなく、次第しだいに移ろいで行くものだということですね。
 冬から春への移り変わりの日々を「三寒四温」と言い表しますが、まさにこの季節の移ろいです。
 「寒い寒い」と云っていた冬が次第に春の気配を感じるようになり、いつの間にか春本番を迎えておるようなことであります。

○信心をいただく時
 実は私達が南無阿弥陀仏の「他力の信心を頂く」、「お念仏を悦ぶようになった」というのも、この季節の移ろいのようなものではないでしょうか。
 私達がいつ南無阿弥陀仏の他力の信心を頂き、お念仏を悦ぶようになったのか?ということに関して、親鸞聖人は教行信証で「それ真実の信楽を案ずるに、信楽に一念あり。一念とはこれ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」と仰っています。
 大変難しい言葉ですが、分かりやすく言えば、「阿弥陀さまの本願を聞いて、すべてをおまかせすることができると、疑いなく喜ぶことができるようになった最初の時を、信の一念といいます」といったような意味です。
 つまり、浄土真宗の信心を頂いた人には必ず「信心をいただいた最初のとき」があると仰るのです。これは考えてみればごく当然のことではあります。
 ただし、その時がいつであったかを人間の意識で分かろうとするのは大変難しいことであり、親鸞聖人は「その時を知らなければならない」と仰っているのではなく、その時に「かならず浄土へ生まれることができる身に定ま ったのだ」ということを明らかにされているのです。

○いつの間にかお念仏を
 したがって、「信心をいただいた時」がいつであったかにこだわる必要はないのですが、「その時」が人によって大きく二種類あるともいわれます。
 それは、真っ暗闇の部屋に電灯のスイッチを入れた途端にパッと明るくなる様に「あの時フッと頂けた」と振り返れる人と、もう一つは、夜明けとともにお日さまの光によって次第に闇夜が明るくなっていくように「ご縁を頂いているうちに、次第にお念仏を悦ぶようになってきた」という人で、こちらの人の方が多いのではないでしょうか。
 春夏秋冬がいつの間にか移ろう様に、お念仏のご縁を頂く中で、いつの間にか南無阿弥陀仏の信心を頂いてきたと味わうことができるのではないでしょうか。

  春季彼岸会法要住職法話より
posted by ryoho at 10:03| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

梅鶯仏壮会報第148号より

 正信偈に、
  一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願
  仏言広大勝解者 是人名分陀利華
 とあります。
 意訳では「仏の誓い信ずれば、いとおろかなるものとても、すぐれし人とほめたまい、百蓮華とぞたたえます」と唱えますが、つまり「南無阿弥陀仏を悦ぶ人は、百蓮華のようだ」と讃えられているのです。
 この分陀利華・百蓮華というのは、蓮の花の中でも最も高貴な「白蓮の華」のことです。
 蓮の花は、きれいな水の中や水はけの良い場所には育たずに、黒い泥沼の中でその汚泥を吸収しながらもそれにはけっして染まることなく純白の華を咲かせます。
 そういうところから仏教ではよく、煩悩具足の衆生が煩悩の泥にまみれながらも、その煩悩を断つこともないままで、南無阿弥陀仏の純白の
信心の花を咲かせることを、蓮の花にたとえていうことがあります。
 実はこの蓮の花、泥の中に咲くということだけではなく、このことも含めて四つの徳が表されているといわれます。

○「朝開夕閉」の徳
 その一つは「朝開夕閉」ということで、蓮の花が朝開いて夕方には閉じるということの徳であります。
 これは、私たちの命は一日一日の命として、毎日をけじめをつけながら大切に生きなければならない、ということを進めています。
 朝お仏壇にお参りして精一杯の一日を送ることを誓い、夕べには、勤め終えた一日を感謝してお仏壇にお参りする。
 そのような充実した一日を送らせて頂きたいということです。

○「一茎一花」の徳
 二つ目は「一茎一花」ということで、蓮の花は一つの茎から枝分かれをするということはなく、一つの茎には、一つの花、そしてその実をつけると云うことの徳です。
 これは私たちが拠り所とする真実の教えは、ただ一つ南無阿弥陀仏のご本願しかなく、間違いなく正しい一本の道を進んでいくことが大切なのだという、信仰の純粋性を表しています。

○「華果同時」の徳
 そして三つ目は「華果同時」といい、蓮の花は、花が咲くと同時に実を付けるということの徳です。
 これは私たちが阿弥陀さまのご本願に出会い、お念仏を申そうと思うようにな ったとき、まさにその時が必ずお浄土に往生できると定まったときなのだということを表すものです。
 お念仏を申そうという花が咲くと同時に、阿弥陀さまの摂取不捨という実が成るのです。
 なお、蓮の花が咲いた時に実に見えるのは実際はめしべだそうで、これは味わいの上でのことです。

○「泥中君子」の徳
 そして最後の四つ目は「泥中君子」ということで、泥の中から君子が育つという徳です。
 つまり蓮の花は汚れた泥の中から茎を伸ばし、その泥に染まることなく清らかな花を咲かすという、一般的によくたとえられる徳です。
 私たちは、「好きだ、嫌いだ」「もっと欲しい、まだ足らない」といったような毎日を送っています。まさに煩悩という泥の中でうごめいているのです。
 その泥の中の私が、弥陀の本願の一人働きにより、浄土往生という真っ白な花を咲かすことが出来るのです。
 蓮の花は、泥が濃いければ濃いほど大輪の花を咲かすそうです。
 私たちの煩悩も深ければ深いほど、阿弥陀さんの働きかけが大きいのです。
 以上、蓮の花に見るこの四つの徳は、いずれも私達浄土真宗のお念仏を悦ぶものにとっては大切なことばかりです。ともに味わいたいと思います。

平成29年度総会住職法話より
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梅鶯仏壮会報第146号・147号より

 本年もこうして、梅鶯仏壮の締めくくりの日であります「竹灯籠の夕べ」を迎えることが出来ましたこと有り難いことであります。
 一週間前の土曜日に、毎年恒例となっています坂田組の「寺院運営懇談会」が開催されました。
 坂田組には,お西(浄土真宗本願寺派)のお寺が25ヶ寺あり、そのお寺の住職と門徒総代、それに坂田組の各役員の方々が一同に会しまして、最初に研修会や話し合いを行い、その後で会食をするのですが、今年の研修会では、梅鶯仏壮の田中薫さんに講師を勤めて頂きました。
 薫さんは、皆さんご存じの通り、坂田組の仏壮会長を勤められた後、現在は滋賀教区の仏壮の副理事長を務めて頂いております。
 その様なお立場から、「坂田組仏教壮年会活動の現状とこれからの課題」というテーマでお話しを頂きました。
 ただし、実際の話しの内容は、私達の梅鶯仏壮の活動内容を紹介することにより、坂田組における仏壮のより一層の活動を促そうとするものでした。
 非常に限られた時間だったのですが、実に分かりやすく、端的に梅鶯仏壮の内容を紹介して下さり、私もついつい聞き入ってしまいました。
 その薫さんの話しの中で特に印象的だったのは、梅鶯仏壮が「親睦的な会としてだけでなく、実質的な聞法の会である」ということを皆さんに分かってもらうために、会報第32号(2006年3月)に投稿頂いた、北村幸雄さんの「梅鶯仏壮の3年を振り返って」という記事を、全文読んで紹介されたことでした。
 10年も前の記事なのですが、改めて有り難い記事の内容であったと振り返ると共に、10年以上経った今でも、その記事で幸夫さんが仰っ
ていることが、梅鶯仏壮では「変わることなく続いている」と言うことが、何よりも有り難いことだと思いました。
 第32号の記事(抜き刷り添付)を、是非とももう一度皆さんにお読み頂きたいと思います。
 そのようなことで、薫さんの話は、参加された皆さんに、大いに感心を持って頂けたことと思っております。

○「宇宙カレンダー」
 さて前置きが長くなりましたが、皆さんは「宇宙カレンダー」なるものをご存じでしょうか?
 これは、アメリカの宇宙科学者のカール・セーガン博士という方が、百数十億年にも及ぶ宇宙の歴史を分かりやすくするために、百数十億年を1年間に縮めた「宇宙カレンダー」というものを作製されたのです。
 宇宙はビックバンと呼ばれる「大爆発」によって始まったといわれますが、これを1年の始まりであります1月1日の午前0時とします。
 そして現在を、1年の終わりであります大晦日12月31日の夜中の12時とし、宇宙の歴史を1年間に置き換えようとするものです。
 非常に面白いのでちょっと紹介致します。

@銀河系の始まり5月1日
 宇宙の中で地球が存在する空間を「銀河系」と呼びますが、その銀河系が宇宙の中で成立し始めたのは、春も終盤にさしかかった5月1日頃になるそうです。

A太陽系の起源は9月9日
 そしてその銀河系の中で私達の地球は太陽を中心として存在しますが、これがいわゆる「太陽系」で、秋を迎えた9月9日頃にようやく存在し始めるのです。

B地球の成立は9月14日
 そしてその太陽系の中でいよいよ地球が成立する(46億年前)のが9月14日です。
 私達の地球は、秋の季節を迎えてようやく宇宙の中で顔を出すのです。

○いのちの誕生
C地球上に生命誕生(38億年前):9月25日

 その地球上に「生命」と呼ばれるものが誕生するのが9月25日だそうです。

D霊長類の誕生(6500万年前):12月30日
 「生命」の誕生といっても、最初は単細胞で自分の力で生命を維持することさえもできなかったようですが、それがやがて光合成が始まり、どんどんと進化していき、動物分類学上で人間が属する霊長類が誕生するのが、いよいよ年も押し迫った12月30日となります。

E類人猿の誕生(2500〜700万年前):12月31日
 そして霊長類の中でも、人間に似た形態を持つ猿やチンパンジーまでに進化するのが、1年の最後の日12月31日です。

F人類の誕生(500万年前):大晦日の夜10時半
 その猿が進化して、私達人間の祖先である人類が誕生するのが、なんと紅白歌合戦も終盤にさしかかった大晦日の夜10時半です。

G歴史の教科書に登場する有史時代(マンモス)大晦日午後11時59分50秒(僅かに10秒前)
 そして現在の私達が、歴史として学校の教科書で学ぶ有史時代というのは、せいぜい大晦日の午後11時59分50秒以降のことで僅か10秒間の出来事に過ぎないのです。

H日本列島の誕生(1万2千年前):59分57.3秒(2.7秒前)
 ちなみに、日本列島が誕生するのが11時59分57.3秒で、僅か2.7秒前で、

I私達の命(100年):0.022秒
 この私が生きている時間の長さといえば、瞬きする間もないあいだです。

○人間の存在
 私達は人間の存在が絶対的なものかの様に威張っておりますが、実は人類の誕生自体が宇宙の歴史から見れば、ほんの1時間半前のことで、私達一人ひとりの命は、ほんの0.022秒の間に生まれて消えるのです。
 その瞬きする間もない一生の中で、悲しんだり、憎しんだり、怒ったり、傷つけ合 ったりしながら生きています。実に「はかなく、虚しい人生」であります。
 そのはかなく虚しい人生を、真(まこと)ならしめるのが南無阿弥陀仏のみ教えです。
 正信偈に「五劫思惟之摂受」とありますように、法蔵菩薩さまは阿弥陀さまに成られるために「五劫」というとてつもない長い時間をかけて思惟されました。これは宇宙の百数十億年の歴史をはるかにしのぐ長さです。
 もちろん「五劫思惟」というのは単に物理的な時間を示すのではなく、阿弥陀さまのご本願が「完全無欠の真理」としての真実性を表現するものですが、間違いなく、ちっぽけな有限の私のいのちが限りない阿弥陀さまの光に摂め取られているのだと味わえることです。
 
「竹灯籠の夕べ」住職法話より
posted by ryoho at 14:19| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第145号より

「仏性のありか」ー一休禅師ー

 昨年三月に退職した後、庭の片隅やプランターで花やちょとした野菜を育て、園芸のまねごとを楽しんでいます。
 一粒の小さな種が、土と水と太陽の光によって、芽を出し苗となり、そして、葉っぱを育てながら茎や蔓を伸ばしていく。そうしてやがては花を咲かせ実を結ぶ。
 私達はともすれば目に見えるモノだけしか信じられないと云った感覚に陥りがちなのですが、小さな種から、綺麗な花や見事な実が成るという事は、改めて考えると、とても不思議なことの様に感ぜられます。

○一休さんのエピソード
 とんちで有名な一休さん(一休禅師)にこんなエピソードがあります。
 ある時、道で山伏に出会った時の話しです。
 その山伏は一休禅師が高名な禅僧であることを知っていて、難題をふっかけるのです。
 山伏は、「仏性は、どこにあるか!」と聞きます。
 仏性といいますのは「私達凡夫が仏に成るための本質」といったような意味合いです。
 それに対して一休さんは「この胸にあり」、つまり「私自身の中にあります」と答えられました。
 そうしたら山伏は「それなら、その胸を切り裂いて見てやろう!」と、一休禅師の胸ぐらにつかみかかってきました。
 そこで一休禅師は、つぎのような和歌を詠まれたといわれます。

  春ごとに
  咲くや吉野の山桜
  木を割りて見よ
  花のありかを

○この和歌のこころ
「春になったら毎年、必ず吉野の山桜は花を咲かせるけれど、それじゃその山桜の木を割ってみたら、毎年咲く花がそこに有るとでも思うのか?」といったような意味ですね。
 花は、木の中にある花の本質が育てられることによ って、花を咲かせるということなのですね。
 「仏性」もまたその通りで、私の心の中に仏さんがおられるわけではなく、私の中で仏さんの種が育てられ、そしてやがては間違いなく仏さんに成らせて頂くのだということを、一休禅師はこの和歌で見事に諭されたのです。

○お念仏の世界
 浄土真宗のお念仏の世界では、特にこのことが有り難く感じられます。
 煩悩具足の凡夫であるこの私に、南無阿弥陀仏という仏の種が植え付けられ、煩悩具足の凡夫のまんまで、やがてはその種が育ち、間違いなくお浄土で仏性の花を咲かせて頂き、仏と成らせて頂くのです。
 ただし花や木は、自分の力で土の養分や水や光を吸収して光合成をしながら育 っていくのですが、私達には仏の種を植え付けることも、育てることも、とてもかなわぬことです。
 そのことを阿弥陀という仏さまは、すべてを見抜いた上で、私が仏と成るためのあらゆることを阿弥陀様の本願力によって、成し遂げて下さっているのです。
 なんといってもこれほど有り難いことはないでしょう。
 これほど不思議なことはことはないでしょう。
 まさに、「見えないものでもあるんだよ、見えないけれどもあるんだよ」という金子みすゞさんの詩が喜ばれます。

お盆住職法話より
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2017年09月15日

梅鶯仏壮会報第141号・142号より

 久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生まれざる安養浄土はこひしからず候ふこと、まことによくよく煩悩の興盛(こうじょう)に候ふにこそ(歎異抄第九条の抜粋)
<意訳>
 果てしなく遠い昔からこれまで、ずっと生まれ変わり死に変わりしてきた、この苦悩に満ちた迷いの世界は捨てがたいのに、まだ生まれたことのない安らかなさとりの世界に心ひかれないのは、まことに煩悩が盛んだからなのです。
 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 本年度もこうして仏壮の総会を迎えることができましたこと、有り難いことと存じます。
 歎異抄の第九条は、唯円房が「念仏しても、おどりあがるほどの喜びも涌いてこない。また少しでも早く浄土に往生したいという心も起こらない」、「はたしてこんなことでよいのだろうか?」と悩み続け、意を決して親鸞聖人に尋ねられるところから始まります。
 その問いに対して親鸞聖人は「私も何故だろうと思っていたのですが、唯円房も同じ心だったのですね」と仰って、実に説得力のあるお話をなされるのです。
 冒頭に掲げた文章がその一部です。
 本日の私の話は、このご文を思い浮かべながらお聞き頂ければと思います。

○蝉(せみ)の生涯
 今年の冬は、雪がよく降りましたが、その厳しい冬が過ぎて、お彼岸を迎えると共に、まさに三寒四温、やがて一年の中でも一番良い季節を迎えることとなります。
 地球温暖化で季節が不順だといわれておりますが、それでも私達は順次に春夏秋冬を迎え、当然の如く四季を感じながら生きているわけです。
 中国の古い言葉に、「惠蛄(けいこ)春秋を識らず」という言葉があります。
 この「惠蛄(けいこ)」というのは蝉のことで、「蝉は春秋、春と秋を知らない」ということなのですが、ご承知の通り、蝉というのは幼虫の時は五年から十年の間、土の中で過ごした後、ある年の夏に地上に出てきて、1週間か10日間ほど「ミンミン、ミンミン」と鳴き続け、そして一生を終えていくという生き物です。
 つまり、穏やかな春の時期が過ぎて、暑い夏の季節がやってくると、今を盛りと懸命に鳴き通しに鳴きながら生き、そして秋の爽やかな季節を待つことなく、この世を去っていきます。
 そういった春や秋といった、良い季節の存在を知らないままで一生を終えるという、蝉のはかなさを物語る中国の言葉なのです。

○曇鸞大師さまの味わい
 この「惠蛄春秋を識らず」という言葉は、古くから中国にあったようで、浄土真宗の七高僧のお一人である曇鸞大師さまが「往生論註」という書物の中で引用されています。
 その引用は、実に味わい深いものです。
 曇鸞大師さまは、単に「惠蛄春秋を識らず」という言葉だけで止めることなく、その後に、「この虫あに朱陽の節を知らんや、知るものこれをいうのみ」と続けておられるのです。
 「朱陽の節」というのは夏の季節のことですが、「この蝉は夏という季節もけっして知らないのだ」と仰るのです。
 夏に生きている蝉が「なぜ夏を知らないのだ」と、ちょっと不思議ですが、実は大変に的(まと)を得たご指摘なのです。
 曇鸞大師さまのつぎの言葉、「知るものこれをいうのみ」が重要になります。
 つまり、春や秋や冬という季節を知っている者が始めて、「ああ、夏が来た!今が夏という季節なのだ」と分かるのです。
 夏に生き、夏しか知らない蝉にとっては、「今が夏という季節である」ということさえも分からないのです。
 蝉にとっては、夏という季節が全てであり、この世はこのような季節が全てなのだと思いこんでいるわけです。
 この曇鸞大師さまのお諭しは、大変味わい深いものがあります。

○凡夫の世界
 このことをよくよく考えてみますと、煩悩具足の凡夫と呼ばれる私達が、けっして迷いの世界にいることに気付かないことと通じるのです。
 私達は、蝉に比べると、何百、何千倍もの寿命を頂いており、四季というものを知っていますから、蝉のはかなさ、哀れさが分かります。
 ところがどうでしょう。宇宙の広大さや、何億年とも知れない宇宙の寿命から考えますと、私達の人生も蝉とほとんど変わらない存在だといえるのです。
 私達の生涯などは、宇宙の寿命から見れば「あっという間」に過ぎ去ってしまう人生なのです。
 しかもその短い人生において、地球における人間という世界でしか見ることができず、ついつい人間世界を中心に「損だ得だ、好きだ嫌いだ 、あれが良いこれが悪い」と、悩み苦しみ、一生を過ごしているのです。

○苦悩の旧里はすてがたく
 私達が蝉の世界を見て哀れに思うように、実は全ての世界を見渡すことの出来る仏さまから見れば、私達の存在というのは、「はかなく、哀れな存在」になるのです。
 にもかかわらず、歎異抄に、「久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生まれざる安養浄土はこひしからず」と、しめされるとおり、「苦悩多くともこの世は去りがたいし、安らかなはずのお浄土へはけっして急いで行きたいとは思わない」のです。
 これが当に、「まことによくよく煩悩の興盛(こうじょう)に候ふにこそ」という煩悩具足の凡夫の姿なのです。

○阿弥陀様の誓い
 曇鸞大師さまが、「知るものこれをいうのみ」と仰られるように、私達人間の知恵では知ることの出来ない世界であるならば、その世界を知っておられる方の言葉に順うしかないのでしょう。
 その言葉こそがお釈迦様の言葉であり、「南無阿弥陀仏」という阿弥陀様の呼び声なのですね。
 阿弥陀様は私達の一生をはかなく終わらせたくないと四十八の願いをお立てになられ、その願いがかなわなければ自らも悟りを得ることはないと誓われ、そしてその救いの世界を完成なされたのです。
 人としての私達の一生を「春秋を知らないはかない一生」とするか、人としていのちを頂いたことの「最大の意味を知らさせて頂く」のか、このことは本当に大事な分かれ目になるであろうと思います。

平成二十八年度梅鶯仏壮総会 住職法話より
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2017年03月07日

梅鶯仏壮会報第139号・140号より

 宇宙学者のホーキング博士という方をご存じかと思います。
 宇宙のブラックホールを発見した天才宇宙学者と言われる方ですが、学生時代に筋萎縮性の病気が発症し「車椅子の物理学者」としてもよく知られた方です。
 進行性の筋萎縮が何故か進行が止まり、現在でも活躍されているようですが、このホーキング博士が40年ほど前に日本を訪れて講演をなされたことがあります。
 その講演の後で参加者との質問のやりとりがあり、その内容は大変興味深いものでした。

○地球の消滅
 ある方が、「この宇宙に地球のような生命体が存在して、進んだ文明を持つ天体が有るとお考えでしょうか?もし有るとすれば、いくつくらい有るとお考えですか」という質問をされました。
 そうしたら博士は、即座に、「三百万くらいはある」と答えられたのです。
 地球と同じ様に生き物のいる星が「三百万はある」と仰るのです。
 そこで次に、「そんなに多く文明を持つ星があるのなら、何故に宇宙船なり、宇宙人が実際にこの地球に到来してこないのか?」と質問されました。
 そうしたら博士はまた即座に、「地球ほどの文明が進むと、そういう星は自然の循環が狂ってきて、宇宙時間からすると瞬間的に自滅して、生命体は消滅してしまうからなのです」と答えられました。
 つまり、文明が進みすぎるとその生命体は自滅すると仰るのです。
 そこでまた、「宇宙時間で瞬間的というのは、この地球時間で言うと何年ほどのことなのですか」と質問されますと、博士は「百年くらいでしょう」と答えられたのです。
 「文明が進みすぎると、その生き物は自滅する」「そして自滅しかかったら、百年も持たない」ということなのです。
 このやりとりは結構ショッキングですが、40年後の現在の地球の状況を考えますと、ますます不気味に感じます。
 科学文明により地球温暖化が進み、今年も本当に異常気象が続きました。
 核という地球の文明を簡単に滅ぼすことの出来る物質が、現実にこの地球に氾濫してきています。
 何か今、地球がその百年の歩みをしているのではないかという気がします。
 私達の子や孫やその子孫のことを考えますと、こんな事で良いのだろうかと、大変心配になってきます。

○地球の寿命
 ただし、いずれにしても私達の住むこの地球も有限ですから、間違いなく寿命があるということも事実なのです。
 現在、地球が誕生してから約45億年が経っているそうなんですが、ではこの地球の寿命はあと何年くらいかということです。
 太陽の水素は「今から約六十億年弱で燃え尽きる」というのが、現在の科学者によって計算された数字なのだそうです。
 太陽が無くなれば、当然地球も無くなるということで、科学者がはじき出した地球の寿命は、「60億年弱」ということなのだそうです。
 ところで皆さん、親鸞聖人の御和讃に、このような御和讃があるのはご存じでしょうか。
   五十六億七千万
   弥勒菩薩は
   としをへん
   まことの信心
   うるひとは
   このたびさとりを
   ひらくべし

(意訳)
 弥勒菩薩は、五十六億七千万年の時を経て、ようやく悟りを開くであろうが、真実の信心を得る人は、この世の命を終えると、ただちに仏のさとりをひらくことができるのである。

 この和讃は正像末和讃に出てくるのですが、「五十六億七千万」という数字、妙に「60億年弱」と一致するのですが・・・。

○弥勒菩薩さま
 親鸞聖人がお詠みになったこの和讃の本来の味わいは、「弥勒菩薩様が悟りを開くにも56億年以上かかるにもかかわらず、私たちは南無阿弥陀仏のご本願によって、人としての命終えるとともに、ただちに浄土に往生し悟りを開くことが出来るのだ」という喜びであります。
 したがって、本当は後ろの二首が大切なのですが、ここでは最初の二首に注目して頂きたいと思います。
 弥勒菩薩様は、お釈迦様の次に仏と成ることが約束された菩薩様で、お釈迦様入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現れて悟りを開き、多くの人々を救済するとされています。
 いわゆる「弥勒思想」です。
 ところがどうでしょう。現代の科学者は、「太陽の水素は、今から約60億年弱で燃え尽きる」「太陽が無くなれば、当然地球も無くなるということで、地球の寿命は後60億年弱と考えられる」ということを計算上で割り出しています。
 お釈迦様が仰る「五十六億七千万年後」と、この現代の科学者が割り出した地球の寿命「60億年弱」とが妙に一致するのです。

○壮大な救済の世界
 お釈迦さまが入滅された後の500年は「正法の時代」と呼ばれ、お釈迦様の「教(教え)」も、その教
えにしたがい「行(修行)」をすることも、そしてその行によって「証(さとり)」を得る人も存在する時代だといわれます。
 しかしその後の1000年は「像法の時代」と呼ばれ、「教」と「行」は残るけれども、「証(さとり)」を得る人は無くなってしまうと考えられました。
 さらに、その後の1万年の間は「末法の時代」とよばれ、ただ教えだけが残る時代になると示されています。
 そしていよいよ末法の時代の後は、その教えさえも残らなくなってしまうのです。
 そのような時代が延々と続いた最後、60億年後に地球はとうとう破滅してしまうということです。
 その時に、地球上のすべての命が無くなるまさにその時に、弥勒菩薩様が現れて、地球上の命の全てを救い取っていかれるのではないかといった壮大な衆生救済の世界を連想してしまいます。
 もちろんこれは勝手な解釈です。
 ただしお釈迦様は、現代科学でようやく突き止められてきた宇宙の仕組みや地球のありようを、すでに三千年もの前に宗教的な洞察力で見抜いておられたのではないかということは、間違いないことでしょう。
 お釈迦様が示された「縁起」や「三法印」の教えは限られた時間や空間の中からはけっして出てくることのない論理です。
 広大無辺のこの宇宙をも包み込んだ上での、命の在り方を示して下さっているという事だと思います。
 除夜会において、夜空を仰ぎながら、弥勒菩薩の壮大な救済の世界を思い描くことも良いのではないでしょうか。
 2016年 除夜会 住職法話より
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2016年12月16日

梅鶯仏壮会報第138号より

 『花園』という月刊の宗教冊子(臨済宗妙心寺派発行)があります。
 その中に、精神科医の友久友雄氏と保育士の川島由里子さんが、子どもの成長について語り合う「こころの往復書簡」という記事があります。
 その9月号にこんな記事がありました。
【砂場で、友達と同じお皿に手を伸ばした四歳のこう君。こう君が「ホナ ジャンケンシヨ」。ところがそのこう君が負けてしまったのです。負けたのでお皿から手を離しました。でもこう君は泣いて、辺りのおもちゃをグチャグチャにしました。一部始終を見守っていた担任が、「負けちゃったね、悔しいね。お皿使いたかったね」と言うと、「チガウー」。何を言っても、「チガウー」と大泣。
 そこで担任は、ハッと気がつきます。すぐにお皿をゆずったこう君。事情はよく分かっているのだと。でもその事情に自分の気持ちがついていかない。そのどうしようもなさの涙なのだと。「違うんだね。使いたいのも違うし、悔しいのも違うよね」と言うと、初めて「ウン」と言い、泣き止みました。(一部抜載)】
 これは子どもの社会性を育むには、子どもを丸ごと受け入れ認めることが大切であるというエピソードですが、私はこの記事を読んで、思わず「分かる!」とうなずいてしまいました。

○煩悩具足の凡夫
 私達は社会生活を送るために、法律や社会ルール等を守りながら生活しています。さらには倫理道徳による自己規制が必要な事も分かっています。
 ところが分かっていながらも、どうしても自分の気持の整理がつかないときがあります。物・立場・人間関係、様々な場面で出くわします。
 そんな時、人からどんなに慰められようとも励まされようとも、あまり嬉しいものではありません。
 では阿弥陀様はどうなのでしょうか。阿弥陀様は慰めも、励ましもなされません。それは「煩悩」なのだと仰り、その煩悩が「苦しい」のであり「私もその苦しみを共にする」と仰るのです。

○編集者へのメール
 実はその記事の編集者である三重野久美子さんに、龍谷大学の名誉教授でもある友久先生を紹介したのは私であり、そのご縁で次のメールを送りました。
 三重野久美子様
 謹啓 お元気でご活躍のことと拝察致します。
(中略)
 さて9月号の「こう君」のエピソード、大変興味深く拝読致しました。大人でも「分かっていても心の整理がつかないとき」ってありますよね。そして「やりきれなく、泣きたく」 なりますよね。そんな時「励ましや慰めの言葉」なんて少しも嬉しくないですよね。こう君の、「チガウー」「チガウー」よく分かりますね。そんな時、「そっとよりそって一緒に 悲しんでくれる人」が居てほしいですね。
 おもわず金子みすゞさんの詩を思い出しました。

 ◎さびしいとき
私がさびしいときに、よその人は知らないの。
私がさびしいときに、お友だちは笑ふの。
私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。
私がさびしいときに、仏さまはさびしいの。

○三重野さんからの返事
 長野了法様
 わざわざメール頂き、有り難うございました。
(中略)
 「チガウーチガウー」というこう君の気持ちが読者の方々に伝わるかどうかと思案しておりましたが、長野様がこんなにストレートにありのまま受けとめてくださり、嬉しかったです。
 金子みすゞさんの詩、私の心に響きました。
友久先生と川島先生にも長野様のご感想とこの詩を届けます。

住職法話より
posted by ryoho at 14:04| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月27日

梅鶯仏壮会報第137号より

 私の住居は、法輪寺から東へ500メートルくらいの所にあり、常は車か自転車で往復しています。
 ところが、昨年の正月は大雪となり、歩いて往復せざるを得ませんでした。
 一日中お寺で過ごしたあと、夕刻になって、妻と二人で住まいに向かって歩いていた時のことです。
 ふと見上げると、東の方の山並みや、家々の屋根が赤く染まっているのに気付きました。
 思わず後ろを振り返りますと、西の空が夕焼けで真 っ赤に染まっていました。
 何とも言いしれぬ、厳かで、美しい光景でありました。

○夕焼け小焼け
   夕焼け小焼けで 日が暮れて
   山のお寺の 鐘が鳴る
   お手々つないで みな帰ろう
   烏と一緒に 帰りましょう
という日本人に大変親しまれている歌があります。
 この歌は中村雨紅さんという有名な作詞家の歌ですが、この歌には、日暮れの風景の中に、なんとも情感があふれて、この歌を唄うと、なにかほっとする気持ちになります。
 ちょっと余談ですが、「夕焼け小焼け」の「小焼け」というのは、ある本によれば、夕焼けに赤く染ま った西の空が、次第に暗闇へと沈んでいきます。そして完全に夕焼けが沈んでしまった頃に、どういう現象なのか、もう一度ふっと赤みが戻ることがあるんだそうです。これが「小焼け」だそうです。
 それはともかく、宗教学者の山折哲雄さんが、ある時、韓国の仏教学者にこう言われたのだそうです。
 「あなた方、日本人が唄う『夕焼け小焼け』という歌には、仏教の本質のすべてがうたい込まれているのではないでしょうか」と。

○西方浄土を観る
 夕焼で西の空が真っ赤に染まる夕映え。寺で撞く晩鐘が聞こえる。一日が終わって、ふと我に帰るひと時を、この歌は見事に歌っています。
 そしてその次に「手をつないで、みんな一緒に帰りましょう」と歌っているのですが、その帰る方向、日が沈む西の方向は、まさに阿弥陀様のお浄土の方角なのです。
 しかも人だけではなく、鳥も動物も虫たちも、私に連なるすべての者が、皆な一緒に帰って行くのです。
 仏教では「皆悉到彼国」と言い、「皆ことごとく彼の国へ到る」と説きます。
 つまりこの歌の心は、仏教が教える、皆ことごとく到る彼の国、お浄土をあらわす歌なのですね。阿弥陀さまを讃える歌なのです。
 そういう日本人の心を唄う歌だからこそ、ずっとみんなに親しまれてきたのだと思います。

○還相回向
 親鸞聖人は「教行信証」という大事な書物の中で「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり」と最初にお書きになっておられます。
 その意味は、私達お念仏を悦ぶ者が人間としてのいのちを終えたなら、間違いなく阿弥陀様の本願によってお浄土に生まれさせて頂き、仏と成らさせて頂くのでありますが、実はそれだけでは終わらないのです。
 仏と成ったならば、今度は直ちにこの世に還って、まだ迷っている人達を救う働きをすることになるのです。これが還相回向です。
 真っ赤に染まった夕焼けに、思わず掌を合わせ、お念仏がこぼれ出るとき、既にお浄土に帰られた親しい方々の「なんじ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんじを護(まも)らん」という喚び声が西空より聞こえてきそうな気がしました。

住職法話より
posted by ryoho at 11:32| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

梅鶯仏壮会報第133号・134号より

 4月中旬に熊本地方を中心とする大きな地震が発生し、甚大な被害がもたらされました。
地震列島である日本ではこれまでも多くの地震が発生していますが、今般の熊本地震の最大の特徴は、14日と16日とに連続して震度7の二つの大きな地震が発生したことであり、この二つの地震は「それぞれ独立した活動であると見るべき」という指摘があります。
 通常大きな地震が発生した後には余震が続き、この余震も怖いのですが、ただ地震そのものは収束の方向にあります。
 しかしながら今般の熊本地震は、二つの断層帯が連動することで発生する「連動型地震」と見られ、一つの地震が他の地震を誘発したものと考えられることから、現在もなお大きな地震発生の可能性があるということで、被災地の皆さんの地震への不安は止むことがありません。
 そのようなことから、今なお車の中で避難生活を送る人たちも多く、被災者の実態把握そのものも十分ではないそうです。
 亡くなられた方々に哀悼の意を捧げ、地震活動が収束して、被災者の皆さんが一日でも早く復興に向けた取り組みができることを、心から願うばかりであります。
 地震に関する研究が進んでいても、今般のような地震の形態は全く予測ができなかったそうで、自然の移ろいの前では、人間の計らいには限界があることを改めて痛感します。
 いつ私自身が路頭に迷うようになるかも知れません「火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏ねんぶつのみぞまことにておはします」(この世は燃えさかる家のようにたちまちに移り変る世界であって、すべてはむなしくいつわりで、真実といえるものは何一つない。その中にあって、ただ念仏だけが真実なのである)という歎異抄に示される親鸞聖人の言葉が迫ってきます。
 共にお念仏のみ教えに生かさせていただきたいと思います。

○伊蘭の林の喩え
 「観仏三昧経」というお経の中に「伊蘭の林」に喩えたご説法があります。
 伊蘭という木は「極臭木」ともいわれ、その名の通り極めて悪臭がする木で、その臭いはまるで屍のような臭いなのだそうです。 
 また、伊蘭の木は恐ろしい毒を持っており、その実を舐めただけでたちまち死に至るのだそうです。
 その伊蘭の木が生い茂る「伊蘭の林」へは、とても足を踏み入れることなどできないことでしょう。
 ところが、伊蘭の木が生え茂る林の中に、牛頭栴檀(ごずせんだん)という木の芽が生え出した途端に、その伊蘭の林が素晴らしい香りの林に一変するのだそうです。
 ただしそれは、牛頭栴檀の木の芽が伊蘭の木を駆逐して枯れ絶えさせ、その後に栴檀の木の良い香りが満ち満ちたというのではないのです。
 伊蘭の木が、伊蘭の木の薫りのまんまで栴檀の木によって、香しい薫りへと変えられていったからだというのです。
 ここが大切なところです。

○お念仏の味わい
 私たちは、欲と怒りと愚かさという三毒の煩悩に満ちあふれた存在で、それはまるで悪臭を放つ「伊蘭の木」のごとくです。
 ところがこの煩悩具足の凡夫である私に、ひとたび牛頭栴檀のごとくお念仏が届いて下さったとき、この私が一変するのです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 三毒の煩悩に満ちあふれた、まるで悪臭を放つ「伊蘭の木」のごとき私に、ひとたび牛頭栴檀のごとくお念仏が届いて下さった時、この私が一変するのです。
 間違いなく真実報土であるお浄土に生まれさせて頂き、必ず仏と成らさせて頂けることが約束される身になるのです。

○汚泥に咲く蓮の花 
 それは私の煩悩が無くなってしまったからなのでしょうか?もちろんそうではありません。
 人間としての欲や、悩みや、苦しみは、人間である限りけっして無くなることはありません。
 けれども、そのまんまが「正定棸不退」といわれる、正しくお浄土に生まれ仏になることが定まった仲間であり、その定まりからけっして退くことがない存在であるということです。
 このような私たちをお釈迦様は、「分陀利華」(蓮の花の中で最も高貴な白蓮華」と名付けて下さいます。
 蓮の花は、きれいな水の中や、水はけの良い場所には育ちません。
 黒い汚泥の中で、その汚泥を吸収しながらも、それにけっして染まることなく純白の華を咲かせます。
 煩悩の泥にまみれながらも、その煩悩を断つこともないままで、南無阿弥陀仏の純白の信心の花を咲かせることにより、お釈迦様から「分陀利華」とほめて頂くのです。

○太陽に、氷が水となる
 またそれは氷と水の関係でも示されます。それは硬い氷が太陽に照らされて水になる。それは氷が消えて水が生まれたのではありません。氷そのものが、そのまま水と成ったのです。
  無礙光の利益より
  威徳広大の信をえて
  かならず煩悩のこほりとけ
  すなはち菩提のみづとなる

 このようなことから、親鸞聖人は教行信証に「この生死海において、お念仏を喜ぶことは、伊蘭の林の中に栴檀が生じた如く、念仏三昧の功徳は、かくの如く、不可思議なる効能(はたらき)がある」と述べておられます。

○念仏者の姿勢
 けれどもここで注意が必要なのは、「どうせ煩悩は無くならないのだから」と開き直ってはいけないことです。
 そうではなく、煩悩は無くならないが少しでも慎み深く生活するのが念仏者の姿勢でしょう。
 私たちは煩悩のままに振る舞えば、自己中心的で、すべてを損か得か、良いか悪いかで計ろうとしてしまいます。
 例えば今の世の中には経済用語があふれ私たちはごく普通に使っています。
 人は「人材」、魚は「海産資源」、文化は「観光資源」、学びは「投資」、牛や豚や野菜は人間の食べ物として、「生産物」と呼びます。
 しかしこの呼び方をよくよく考えると、すべてそれぞれの生命を見ることなく金額や数字で量るための呼び方です。つまり損得の世界です。
 これを普通に使っていることからすでにおかしくな っていると指摘する人もいます。

○煩悩の生き方にブレーキを
 作家の五木寛之さんは経済活動というのはエンジンで、それをコントロールするハンドルの役が政治。けれど車がエンジンとハンドルだけで走ったら、とても怖くて乗れない。やはりブレーキが必要で、その役割を果たすのが「宗教」ではないかと仰る。
 念仏者の「はずべし。ありがたし」との生き方が、行き過ぎた世の中のブレーキになればと思うことです。

平成27年度総会住職法話より
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2016年04月24日

梅鶯仏壮会報第132号より

 新年あけましておめでとうございます。
 正月の正という字は、正しいという字ですが、この「正」という字は、止めるという字の上に一という字を書きます。
 これは正しいことを成すためには、一度足を止める必要がある。一度足を止めて考えてみる必要がある、ということだそうです。
 その意味で、正月とは、日頃からの慌ただしい生活を「一」度「止」めて、この一年をどう過ごすかをゆ っくり考える月、という意味になります。
 確かに私自身の日頃の生活のありさまを見ても、落ち着いて考える時間が時々には必要であると実感致します。
 せめて年に一度の正月くらいには、落ち着いてわが身を振り返る時間を持ちたいと思う事です。
○「仏教」と「仏法」
 ところで私たちは、私たちの心のよりどころであります教えを「仏教」と呼んでいますが、実はこの仏教という呼び方は、もともとキリスト教やイスラム教などと並べ立てて呼ぶために作られた言葉であり、明治までは「仏教」という言葉ではなく「仏法」と呼んでいました。
 実はこのことは大変大事な意味が含まれています。
 もともと「○○教」と呼ぶ宗教は、キリスト教やイスラム教のように、その神の考えに基づく教えの上に成り立っています。
 したがって、「キリストの教え」であり、「ムハンマドの教え」という呼び方が相応しいのです。
 ただし、このことは往々にして「わが神の教え」が絶対であり、「他の神の教え」は受け容れられないということにもなってしまうのです。
 現在、世界で起きている様々な紛争のほとんどが、その根底に排他的な宗教観があるように思えます。
 ただし本質的には「排他的な宗教観を利用した利害紛争」と言った方が正しいのかも知れません。
○普遍的な法則
 もともとの物事の本質的なあり方、これを「法」(だるま)と呼びます。
 この本来のモノのあり方は全て「縁起」により成り立ち、それをそのままお釈迦様が示されたものを「仏法」と呼びます。
 したがって「仏法」とは、お釈迦様が明らかにされたこの世の法則という意味であり、その法則はたとえお釈迦様によって明らかにされなかったとしても、厳然として成り立っています。
 もしもその法則がお釈迦様によって作られたモノであるならば、「釈迦教」とかあるいは「仏教」と呼ん
でも良いのかも知れませんが、普遍的な法則である限り「仏法」と呼ぶのが正しいのです。
○論理的宗教・仏教
 「○○の教え」とするならば、その教えに従順な者だけが救いの対象となり、背けば悪となります。
 仏教(仏法)は、正義や、悪という色分けは一切することがなく、縁起により成り立つすべてが平等に存在すると説きます。良いとか悪いとかは人間の方の都合で決めていることで、そこに悩みや苦しみや争いが起きると説きます。
 非常に論理的で、説得力があり、なおかつ平和的であるこの仏教が、混迷する世界に少しでも広がって行くことを願うばかりであります。

2016年 修正会 住職法話より
posted by ryoho at 09:26| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第131号より

 今年もこうして除夜会を迎えることが出来ました。
有り難いことでございます。
 さてみなさん、「お浄土がどこにあるのか」をご存じでしょうか?
○十万億仏土の彼方
 浄土三部経の一つ『阿弥陀経』には「これより西方十万億の仏土を過ぎた彼方に世界あり、名づけて浄土という」と、書かれています。
 お浄土は「十万億仏土の彼方」にあるのです。
 そこでその十万億仏土とはどれくらいの距離なのかということで、十年ほど前に、当時近畿数学史学会の会長であった山内俊平という先生が、計算を試みられたそうです。
 その山内先生は「十万億仏土」の「土」を、仏教で言う大千世界と考えて、大千世界は小世界十億個分に相当すると計算され、銀河系の星と星との距離などから、小世界を三・三五光年の間隔で並んでいると仮定されました。
 その結果、「十京光年」と算出されたそうです。 
 「一光年」というのは、光が一年間に進む距離で、九兆四千六百キロになります。
 「京」は「兆」の上の単位で、億の一億倍になります。
 したがって「十京光年」というのは、光の速さの乗り物でも一億年の十億倍かかる距離ということになります。
 しかもお浄土は「その十万億の仏土を過ぎた彼方」にあるというのですから、山内先生の結論は、「どんなにもがいても、行けない距離です。日々精進して来世のことは仏様にお任せします」ということだったそうです。
○ここを去ること遠からず
 ところが一方で、同じく『観無量寿経』には「阿弥陀仏 去此不遠」(あみだぶつ、ここをさること遠からず)とあります。
 すなわち、阿弥陀さまは私たちから遠くないところにおられるのだ、と仰るのです。
「遠い彼方でもあり、すぐそこでもある」というのは一体どういうことなのでしょうか。
○真実の世界
 仏さまの世界は、私たちの知識や考えで分かる世界ではありません。
 私たちの思考を超えた世界なのです。
 たとえば今ここに、私たち20人ほどの者が集まっており、みんな親しくさせて頂いています。
 ですが、20人全員がすべてを分かり合っているかといいますと、それはとても無理ですね。
 それぞれが考えていることを、すべて理解しあえることなどはできません。自分のことさえも分からなくなる時があるくらいですから。
 ですから悲しいことに、ともすればいさかい事も起こってしまうのです。
 ところが、「仏さまの世界」「悟りの世界」というのは、すべてをわかり合うことができる世界であり、しかもすべてにおいて調和がとれた世界です。
 ですから私たち凡夫の世界からはとても認識できる世界ではないのです。
 お浄土を「十万億仏土の彼方」と示すのは、けっして距離的な遠さをいっているのではなく、私たちが認識したくとも認識できない世界であることを説くのだと思います。
○阿弥陀さまの存在
 一方、阿弥陀さま側からはというと、これは全く逆で、真実の世界からは凡夫の世界をすべて見通すことができ、常に私たちを見つめながら、必ずお浄土に生まれてくれよと願いをかけ続けて下さっています。
 親鸞聖人は正信偈の中で「煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我」(迷いの目には見えねども、仏は常に照らします)と悦んでおられます。

平成二十七年除夜会 住職法話より
posted by ryoho at 09:20| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第130号より

 十一月・十二月は報恩講のシーズンです。小さい頃から「ホンコサン」と親しんできました。
 報恩講は親鸞聖人のご恩をしのび、そのご苦労を通して、あらためてお念仏のみ教えを悦ぶ、真宗門徒にとってはもっとも大切な法要です。
 親鸞聖人の御正忌(一月九〜十六日)に勤められるご本山での報恩講に皆で参拝できるよう、末寺やご門徒宅では先立って勤めることから「おとりこし」と呼ばれるようになりました。
 そこで、報恩講をより意義深くお勤めするために、報恩講の意味を少し考えてみたいと思います。
○日本人の大切な言葉
 「講」とは人々の集まりという意味ですから、報恩講とは報恩する人々の集まりとなります。
 では報恩、「恩に報いる」とはどういうことなのでしょうか。
 まず「恩」という言葉は、西欧をはじめ他の国にはない言葉で、日本人にはとても大切な言葉です。
 ところが近頃「恩」という言葉をあまり使わなくなり、そこに日本人がなにかおかしくなってきたのではないかと指摘する人もいます。
 ある小学校で、「親の恩をどう思いますか?」と先生が尋ねたら、ある子供が「親のオンは父親で、メンは母親です」と答えたそうです。その子供は真面目な顔で答えたそうで、それだけになにか不安な気持ちがします。
 子供が「恩」という言葉をあまり使わなくなってきている。そこに問題がありそうです。
 一般的に「恩」といいますと、「恩返し」という言葉が浮かび、お世話になった方へモノを差し上げたり謝礼をする、といった意味合いに理解されています。
 そこから逆に、「恩ぎせがましい」とか、「恩を仇で返す」なんて言葉が出てくるんですが、実は本来の「恩」という言葉には、もっと深い意味があるのです。
○「報恩」とは
 「恩」と言う言葉の元の言葉は、インドの古い言葉で「クリタジュナ」という言葉です。
 「クリタ」というのは、「なされたこと」という意味で、「ジュナ」というのは、「知る」という意味です。
 つまり「恩」「クリタジュナ」とは、「ある人が成したことを正しく知る」ことなのです。
 したがって、例えば「親の恩」といえば「親が私に成してくれたことを正しく知る」ことで、それは「親から命を頂いたこと」や、「親の願いによって成長した」ことを正しく知ることです。
 そして「報いる」とは、単に「御礼を言ったり」「モノを差し上げたりする」ことではなく、「その人の願い通りに生きる」ということが、「報いる」ことの本来の意味です。
 ですから、「親の恩に報いる」とは、親が私に成してくれたことを正しく知って、親の願い通りに生きることです。
○親鸞聖人の願い
 「報恩講」「親鸞聖人の恩に報いる」ことも同じことで、親鸞聖人が成されたことを正しく知り、親鸞聖人の願い通りに生かさせて頂く。このことを喜び合う人々の集まりこそが「報恩講」なのです。
 申し上げるまでもなく、親鸞聖人の「成された」ことは、「凡夫といわれる私たちが、阿弥陀さまの願いの中に生かされ、やがては間違いなくお浄土に生まれ仏と成らさせて頂く」ことを明らかにして下さったことです。
 そして親鸞聖人の恩に報いることとは、その親鸞聖人の願いに応え、共にお念仏を悦び、お浄土に生まれさ
せて頂くことにほかなりません。

   住職法話より
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2015年08月12日

梅鶯仏壮会報第125・126号より

『人の命は地球より重い』
 昭和52年に日本航空の飛行機が日本赤軍にハイジャックされて、150人ほどの乗客が人質となり、「身代金16億円と、服役中の赤軍メンバー9人を釈放しなければ、人質を順番に殺す」と犯人から要求されるという、いわゆる「ダッカ事件」が発生しました。
 その時に、時の総理大臣であった福田赳夫首相が言ったのが、『人の命は地球より重い』という言葉でした。
 そして最終的に犯人の要求を飲み、人質が全員解放されたという事件でした。

○命の重さ
 「イスラム国」と名乗る不気味な集団が、次からつぎへと人質を殺し、それをインターネット上で公開するという、実に衝撃的なことが起こっています。
 その残虐さも勿論ですが、なにか人を殺す、人の命を奪うということが、実に軽く扱われている。このことに大変な恐ろしさを感じます。
 「地球より重い」といわれた「人の命が」、鳥の羽よりも軽く扱われているように感じさせるところに、恐ろしさを感じるのです。
 「イスラム国」を名乗る者達は、イスラムの教えに基づいて国を創っているのだと言ってますが、他のイスラム教徒達からは、「あれはイスラム教じゃない。本当のイスラム教徒はあのようなことはできない」と言われているように、確かにもうすでに宗教とはいえない集団であることは誰の目にも明らかです。
 けれども誤解を恐れずに敢えて言うならば、イスラム教にはあのような暴挙に走らせてしまう要素があることは、歴史的にも否定できないのではないでしょうか。
 その要素とは、けっしてイスラム教だけではなく、「一神教」であることからです。

○一神教の成り立ち
 「一神教」とは、「ただ一つの神しか認めない」、「ほかのものは絶対に受け容れることはできない」という考え方です。
 一神教には、大きく「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」と三つの宗教があります。
 この三つの宗教が歴史的にこれまでもしばしば対立し、争いを繰り返してきましたが、実はこの三つの宗教は、もともと兄弟の関係にあります。
 唯一の神とするのも「ヤハウェ」「ゴッド」「アラ ー」と呼び方こそ違え、すべて同じ神さまなのです。
 まずモーゼという人が神さまの教えを預言したのが「ユダヤ教」で、これがもともとの「聖書」(旧約聖書)です。
 そして、それまでユダヤ民族だけに閉ざされていた教えをイエスキリストが新しくして、新約聖書としたのが「キリスト教」なのです。
 さらに神さまが、これまでに言い残したことを全て伝える最後の預言者としてムハンマドに伝えたとするのが「コーラン」で、その教えを「イスラム教」と呼びます。
 したがってこの三つの宗教は、もともと神さまが一緒ですから、教えも基本は共通しています。
 簡単に要約しますと、

@まず、「この地球も人間も、すべて神さまが創ったものだ」とし、
A「この世界と私達の人生は、すべて神によって支配されている」とします。
Bだから「私たちは神の心にしたがって生きることが大切なのだ」と説き、
C死ねば神の審判があって「神の心によくしたがって生きた者は天国に生まれ、そうでないものは地獄に堕ちる」

と教えます。
 ところがこの三つの宗教が、歴史的にこれまでしばしば対立し、争いを繰り返してきたのです。
 神さまも同じで、教えもこんなに共通しているのに何故争いになるのでしょうか。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 一神教には、大きくユダヤ教、キリスト教、イスラム教と三つの宗教があります。この三つの宗教はもともと兄弟の関係であり、神さまも同じで教えも共通したことが多いのですが、歴史的にこれまでしばしば対立し、争いを繰り返してきました。
 何故でしょうか。

○「一神教」間の対立
 「ユダヤ教」からは、ユダヤ民族のための教えをイエス・キリストがねじまげたという思いがあり、逆に「キリスト教」からは、イエス・キリストを十字架に掛けたのはユダヤ人だとの思いがあり、互いに互いを認められないところがあるようです。
 さらに「イスラム教」からみれば、神さまが言い残したことを全て伝えたのがムハンマドの「コーラン」であるから、教えそのものは最高のものだと主張します。
 そういったことを背景に、「自分たちの信じる神こそが唯一の正しい神である」とそれぞれの宗派が主張し始めると、他の人達がいう神は「間違った神だ」ということになってしまうのです。
 ここに「一神教」の危うさがあります。
 そしてさらなる問題は、自分たちの神を信じない者は「救われない」だけならまだ良いのですが、それにとどまらず、その者は「神の敵」と見なし、「この世に存在してはならない者」「地獄に堕ちなければならない悪」とするのです。
 ここに恐ろしさがあります。
 このことは三つの宗教間だけの問題にとどまらず、実は同じ「イスラム教」の中においても、同じ争いが起きてしまうのです。
 イスラム教には大きく、「シーア派」と「スンニ派」とがあります。
 この両派の違いは、ざっくりで申しますと、イスラム教のムハンマド以降の指導者を「カリフ」と呼び、シーア派は、そのカリフは「ムハンマドの子孫でなくてはならない」と考える人達で、スンニ派は、「皆から選ばれた者がカリフになるべきだ」と主張してきた人達です。
 その違いが、互いに殺戮しあうほどの問題なのかと思ってしまいますが、「自分たちの神こそが正しい、自分たちの教えこそが正しい」と主張し合うことが、次第に様々な面で対立関係をもたらせるのです。
 もちろん政治的に利用されてきたという側面も大きいのですが、やはり一神教としての危うさが利用されてきたのであろうと思います。

○仏さまの教え
 これに対して、仏教が説くところはまったく違います。
 仏教では、世界を創造したり支配するような「神」というものは語りません。
 この世界の仕組みは、人間や動物や自然が、互いに深くつながりつつ、相より相助け、相支えあってこそ成り立ち、存在しているのだと教えます。
 また、すべての存在は、お互いに、他者を尊重しつつ、他者の存在を認めなければ、自分の存在もあり得ないんだと説きます。
 ですから、仏教の歴史では、仏教のために争いにな ったということは、ただの一度もありません。
 どんな宗教とでも共存できる寛容性が仏教の教えにはあるのです。
 今、世界の平和を考えるとき、仏教の教えが本当に大事なのではないかと思えます。
 それはけっして仏教を世界の人々に押しつけるということではなく、仏教的なものの考え方が、どんな宗教とでも、どのような社会においてでも受け容れられる寛大さがあるからです。

 2014年度総会 住職法話より
posted by ryoho at 12:38| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第123・124号より

 本年もこうして除夜会を迎えられましたこと、有り難いことと存じます。
 年を取るほどに一年が早く感じられる、ということが実感されますが、それでも改めて一年を振り返ってみますと、お互いにいろんな事があったと思います。
 私事ではありますが、母が3月に往生致しました。また、私の勤務先では親しくさせて頂いてきた副学長が、5月に病気が分かり10月には亡くなるという、大変に寂しいこともありました。
 もちろん良いこともありましたが、やはり諸行無常を感じざるを得ないことの方が多かったように思えます。
 あの高倉健さんの最後の手記が文芸春秋に記載されていました。「諸行無常」という言葉から始まり、最後は「往く道は精進て、忍びて終わり、悔いなし」「合掌」、という言葉で締めくくられていました。
 この最後の言葉は真宗門徒がお勤めする「讃仏偈」というお経の最後にも「仮令身止 諸苦毒中 我行精進 忍終不悔」と、出てきます。
 意訳では、「道を求めてたとい身は、苦難の毒に沈むとも、ねがい果さんその日まで、しのびはげみて悔いざらん」と示して頂いていますが、仏教の基本がここにあるのです。
 あらゆることが、「道を求める」「悟りを得させて頂く」ということにあり、私たちには、やはり最後は「お念仏」に尽きるということです。

○仏教は古い?
 ところでその仏教というと、よく「三千年もの昔にお釈迦さんによって説かれた教えや、八百年もの前に親鸞聖人によって示された教えが、科学の時代と呼ばれる今の世に通用するのか ?」といったことを仰る方が時々おられます。
 確かに現在は、八百年前、いわんや三千年前のインドの世の中とは大きく変わっています。
 ですからこれが「金儲けの仕方」とか、「社会のあり方」等とかいった問題なら、確かに「昔のやり方が現在に通用するのか」という意見はもっともかも知れません。
 ところが、「生老病死」「生ある者は、やがて老い、病み、死にゆく」という、この人間の根本の問題は、何ら変わっていないのです。
 仏教、浄土真宗が説くのは、この根本の問題の解決についてですから、時代が変わろうとも、国が変わろうとも、その教えが変わろうはずがないのです。
 むしろ、三千年、八百年もの永きに渡って、連綿とその教えが相続されてきたところに、仏教、お念仏のすごさがあるのではないでしょうか。
 ここに「確かさ、疑いのなさ、真実性」があるのです。

○風姿花伝
 ずいぶん昔の話なのですが、北陸のある温泉に泊まった時に、旅館の部屋の掛け軸に、このよなご文が書かれていました。

  その風に継ぐといへども
  自力より出ずる
  振る舞いあれば
  語るにもおよび難し
  その風を得て
  心より心に
  伝える花あれば
  風姿花伝と名付く

 この言葉は、室町時代の世阿弥の風姿花伝という能の理論書の中に出てくる言葉だと後で知りました
 「風」の存在を伝えようとする時、風そのものを伝えようとしても、なかなか伝えることは難しい。理屈ではなかなか伝わらない。
 ところが、風によってそよそよと花が揺れている。その揺れている花の姿を見て、「あれが風です」といえば、風というものの存在が伝わるのです。
 「風姿花伝」、風の姿を花が伝える。
 なにか念仏相続にも通じるものを感じます。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 風そのものの存在を語るのは大変難しいのですが、風によって揺れる花の姿を見る時、風の存在を伝えることができます。
 室町時代の世阿弥が説く「風姿花伝」、風の姿を花が伝えるということです。
 この意味するところは、本物の技や、真実の教えというものは、その技や教え自体が理屈として伝わっていくというのではなく、その技を極めた人や、その教えによって育てられた人の「姿」によって、その真実性が伝わっていく、ということなのでしょう。

○超一流人の話
 どのような世界でも超一流の人の世界はすごいことだと思います。
 数年前、ソフトバンクホークス球団会長の王貞治さんと会食し、親しくお話を聞く貴重な機会を
得ました。
 王さんからいろんな話を聞かせて頂きましたが、王さんが侍ジャパンの初代監督としてWBC(ワールドベースボールクラシック)で優勝された時のイチロー選手の話は非常に興味深くお聞きしました。
 それは、侍ジャパンが結成されてから、他の選手が次第にイチロー選手に傾倒していったそうです。
 その理由は、イチロー選手から指導を受けたり、アドバイスを受けたりしたからではなく、イチロー選手の野球に取り組む姿を見ている内に、次第に他の選手が傾倒していったのだそうです。
 イチロー選手は必ず集合時間の前に来て、まず自分なりのアップをし、全員そろった時点では常に体の準備ができていたそうです。また全員揃ってのランニングでは常に先頭を走るのだそうです。これはほんの一例で、すべてにおいて取り組み方に超一流を感じさせ、その姿勢に他の選手が傾注していったということです。 面白い内輪話も聞きました。チームの初招集が2月だったそうで、この時期にはプロ野球選手はまだ体の調整が充分でない、いわゆる体ができていないのが普通だそうです。
 ところが、イチローはすでに準備万端で、キャッチボールでも最初からすごい球を投げたのだそうです。そこでイチロー選手とペアを組んだF選手も負けじと強い球を投げたんだそうですが、やんぬるかな体ができていなかったために肩を壊し、結局WBCにも出られなかったそうです。
 イチロー選手は、自らが語るということではなく、その「姿」によってすごさを他の選手に伝えたと言うことです。

○お念仏の相続
 余談が長くなりましたが、本物というのは、それに影響を受けたものの姿によって、その真実なるものが伝わっていくということであり、お念仏の世界でも、同じことが味わえるのではないでしょうか。
 仏教、お念仏の教えは、勿論、お釈迦様の教えを七高僧様や親鸞様によって、論理的に示されているからこそ間違いない教えとして相続されてきました。
 けれどもお念仏がただ理屈だけで伝わってきたとすれば、私などの浅学な者にとっては相続のしようがありませんが、実はその中心はお念仏を喜ぶ人の姿によ って、長い間連綿と相続されてきたのだと思います。
 道綽禅師の言葉に「前に生ずるものは後を導き、後に去かんものは前を訪ひ」とあります。これは「先だ った人の導きにより、そして先だった人を偲ぶことによって、念仏の教えが、連綿と受け継がれていく」といった意味合いで、まさに法は人によって伝わっていくと言うことです。
 私たちは今、先人の喜びの姿の中で相続されてきたお念仏を悦ばさせて頂いているのです。
 この悦びがさらに子や孫へと相続されることを願うばかりです。

 2014年 除夜会住職法話より
posted by ryoho at 12:26| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月02日

梅鶯仏壮会報第122号より

 私は長谷川町子の「サザエさん」が大好きです。
 テレビでは1969年(昭和44年)から放映され、実に放送年数44年、平均視聴率が20%前後という、国民的な長寿番組として継続中です。
 特に、ちゃぶ台を囲んでの一家団欒の場面には、かっての良き日本の家庭に思いを馳せる人も多いことでしょう。
 ある時、そのちゃぶ台を囲んでの夕食の一コマで、こんな会話がありました。

○人生の目的は?
 カツオがなにか面白くないことがあって、「なんで人間は子供の時には勉強して、大人になったら一生懸命に働いて、そんなしんどい目をしなければならないのかなあ」と誰にともなく問いかけるのです。
 家族はみんなあっけにとられ、まともな答えを言いかねていると、タラちゃんが答える
のです。
 「それは、おじいちゃんになるためです!」と。
 一家は何故かほっとした雰囲気につつまれ、サザエさんが「タラちゃん。どうして?」と尋ねます。
 そこでタラちゃんは、「だって、裏のおじいちゃんは、なんでもよく知っているし、小鳥さんやお花さんともお話しができるんですよ!」と答えます。
 私たちは年を取り、老いることにはマイナスのイメ ージを持ち、悲しいことだと思っています。
 けれどもタラちゃんから見れば、裏のおじいちゃんは素晴らしいと感じているのです。

○ありのままをありのままに
 お釈迦様は「人生は苦なり」と仰り、その根源は、「生老病死」にあると示されました。
 けれどお釈迦様は、「生老病死」そのものが苦であるとは言っておられません。
「生老病死」は自然な姿そのものです。一つひとつがつぎへのステップです。
 ところがこの私が、「生老病死」をありのままに受け容れられないから苦が生じるのです。
 「人生は、今までどのように生きてきたかということよりも、これからどのように生きるかということの方が大事である」と、ある先人は言いました。
 過去を振り返り、反省することは大事です。これからの人生のためにも必要なことです。
 けれども、過去にとらわれ、現在をなげくことは、これからの人生に何の意味も与えないでしょう。
 とはいえ、煩悩具足の凡夫である私は、とかく愚痴に明け暮れます。そんな私でも、老いること、病むこと、そして死ぬることに少しでも意味を見出すことができればと願います。

○信楽峻麿先生に人生の意味を学ぶ
 本年9月に龍谷大学元学長で仏教学者の信楽先生がご往生になり、私も広島のご自坊までお参りをさせて頂きました。
 信楽先生は、脳死問題などの現代的課題に関して、仏教学者の立場で厳しく発言され、どちらかというと大変厳格なイメージの先生なのですが、直接お付き合いさせて頂いた者にとっては、非常に人間味のあふれた温かい先生でした。
 その信楽先生は、3年前に奥様を亡くされて以来、よく「あれがお浄土で待ってくれているから、早く行 ってあげないと寂しがるでなあ」と仰っていたそうです。
 そして亡くなる2日ほど前に、「ああ良いご縁だった」「有り難い人生を送らせて貰った」「お念仏に出会えてよかった」というような言葉を仰られ、それが最後の言葉だったそうであります。
 このような言葉で締めくくれる人生、これこそが、お念仏に支えられた人生なのだと味合わさせて頂きました。

住職法話より
posted by ryoho at 14:50| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

梅鶯仏壮会報第121号より

 本年3月に、母寿子が往生の素懐を遂げました。
 お棺に収まった母親に、生前母が着用していた布包と輪袈裟を着せ掛けたのですが、なにか子供の頃、母がその法衣姿でご門徒宅をお参りしていた姿が浮かんで参りました。
 父親が西本願寺の宗務員を勤めていた関係で、日常は自坊を留守にしており、逮夜参りは母親の勤めだったのです。
 夕方に遊び疲れて家に帰 ったら母が居ない。どうしたのかと、なにか寂しく不安な思いをしているところへ、その法衣姿でお参りから帰って来てほっとする。そのような思い出が浮かんできたことでした。

○母の呼ぶ声
 ところで、最近の子供達は、昔の子供達ほど外で暗くなるまで喜々として遊ぶというようなことがなくなってきました。
 物騒な事件や事故が多いことや、室内でも楽しく遊べるものが多くなってきたということが、その原因のようですが、昔は、みんなで毎日、日が暮れるまで夢中で空き地や道路で、遊んだものです。
 学校から「ただいま」と帰るやいなや、母親が「宿題せなあかんよ」という声も上の空で、ランドセルを放り出して日の暮れるまで一生懸命外で遊んだものです。
 ところが日が暮れて、カラスがねぐらに帰る頃にな って、どこからか「ごはんやで」という母親の声がする。
 その途端、どんなわんぱく坊主でも、一目散に家に帰ったものでした。
 そして、今のようにご馳走なんてまったくなかった時代ですが、なにか楽しくて、美味しくて、豊かな気持ちで晩ご飯を食べ、一家団欒の時を過ごしたような気がします。

○弥陀の呼ぶ声
 その、どんなわんぱく坊主でも、一声で家に飛んで帰らせる母親の呼び声とは一体何なのでしょうか。
 それはまさに、子を思う親の心、母親の心が、そのまま子供の心に伝わり、理屈抜きに子供の足を家に向かわせるからでしょう。
 実は阿弥陀さまの呼び声もまさにそうなのです。
 娑婆の世界に明け暮れている私たちに、大悲の親が「間違いなく帰ってこい」と呼んで下さる呼び声が、南無阿弥陀仏なのです。
 南無阿弥陀仏の六字の名号は、如来大悲の結晶なのです。
 親鸞聖人は「本願召還の勅命」と呼ばれています。
 このままでいれば、日が暮れてきたというのに、どこをどうさまよい歩いているかも分からないのがこの私です。
 その私に「間違いなく帰ってこいよ」と、呼んで下さる母親の声そのものなのです。
 まさに「召還の勅命」なのです。

○豊かさの日々
  われ称え
  われ聞くなれど
  南無阿弥陀仏
  つれていくぞの
  親のよび声
と悦ばれた詩があります。
 私たちの娑婆世界では、堪え忍ばなければならないことも多くありますが、しかしその日暮らしの中で、嬉しいにつけ、寂しいにつけ、悲しいにつけ、如来の大悲を心に頂きながら、お念仏の生活を送らせて頂くところにこそ、念仏者の豊かさがあるのであろうと思います。

H26彼岸会住職法話
posted by ryoho at 14:45| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月04日

梅鶯仏壮会報第119号より

ちょっと面白いお話し 赤ちゃんの「万能感」

 最近、ある雑誌を読んで面白いことを知りました。私達が「おぎゃ〜」と生まれてきたときは、「万能感」というものを持って生まれてくるんだそうです。
 この万能感というのは心理学の言葉だそうで、その意味は「何もかも自分の思い通りになると信じる感覚」だそうです。
 それは自分の体や手足だけではなく、お母さんのお乳を飲むことも、おむつを替え、あやしてもらうことも、みんな自分の意志でしていると思い込んでいるのだそうです。
 つまりお母さんや、自分の世話をしてくれている人みんなを、自分の一部だと思い込んでいて、あらゆるものを自分の意志でコントロールしているものと錯覚して生きているのだそうです。
 ところが成長するにしたがい、自分と他人との区別がつき始め、だんだん自分の思い通りになることばかりではないことに気が付いていくのだそうです。 そしてそのことが、次第に苦悩に変わっていくのですね。
 「人生、この世の中は思い通りにならない。思い通りにしようと思うところに人の苦悩が生じる」
 これが仏教の基本で、仏教はまずそのことに気付くことから始まります。
 もしも私達が、この世に生まれてきた時に「万能感」ではなく、逆に「この世は思い通りにならないのだ」というような感覚を身につけていたなら、案外それほどの人生苦を感じないで済むのかも知れません。
 それが全く正反対の感覚を持って生まれてきているのですから、その苦悩も大きいのではないでしょうか。
 お釈迦様はその苦悩を「四苦八苦」としてお示しになり、その苦悩する私を、そのまま抱きとってくださる南無阿弥陀仏のみ教えを振り向けて下さり、親鸞聖人がそのことをあきらかにして下さいました。
 それを考えますと、私たちは人生の本質を知り、阿弥陀さんの呼び声を聞かせてもらうために、赤ん坊の時に「万能感」を持って生まれてくるよう仕向けられているようにも思えるのですが・・・。 住職
posted by ryoho at 15:30| 住職例会法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする