2020年05月16日

総会を終わってそしてこれから 会長 森勝昭

 令和二年三月二十八日午後五時より元年度の梅鶯仏壮の総会を開催し、事業報告・会計報告・新年度の事業計画などを協議しました。新年度の年間事業が決まりました。
 梅鶯仏壮は、平成十五年六月一日に設立して、十七年が経過しました。その間、本山参拝、別院めぐりを通して著名人の方々との対面や対話など多くの見聞を広めてきました。これからも仏壮活動を通して研鑽を深めて行きたいと思います。
 梅鶯仏壮の会員は少ないが、活動の中身は、二ヶ月毎の例会、会報の発行、その会報は昔の梅鶯仏青に関わっておられた方々、念仏者の方々にも配布しています。
 坂田組内、滋賀教区内でも活動している方の仏壮だと勝手に思っています。
 令和二年は、久しぶりに本山参りをしようと決め、十月に念仏奉仕団参拝研修を計画しました。
 本願寺のH・Pによる念仏奉仕団の歴史を調べますと、昭和二十三年の蓮如上人四百五十回忌法要に参拝された方々が、戦争で荒廃した境内を見て心を痛められたことから始まっています。
 そして奉仕団活動として本願寺の一大行事に組み込まれたのは、昭和二十八年からと記されています。昭和三十六年の親鸞聖人七百回大遠忌法要の頃から、一泊二日の奉仕団活動になって今日まで続いています。
 昔の梅鶯仏青の活動記録を見ますと、昭和三十二年・三十四〜三十七年とほぼ毎年梅鶯仏青主催の念仏奉仕団参拝活動をされていました。
 昭和三十二年は本山の建物を火災から守るために、男性は消防通路、女性は貯水池の地固め作業をしたことが記録に残っています。又、雨天の時は両堂の畳ふきなどされています。
 ご門主様との面接には、同行の老人達が感激のあまり顔も上げず涙を流されている姿があったそうです。当時の青年達の仏法に出会う熱意が伝ってきます。
 ただ今参加者を募集中しております。ご参加を心よりお待ちしています。合掌
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2019年01月30日

「研修の旅」に参加して 正行寺仏壮会長 磯嵜繁俊

 この度、法輪寺様のお誘いにより、正行寺から三名がご一緒させて頂きました。
 よく歩き、よく食べ、よく学んだ一泊二日の大阪研修となりました。改めまして、御礼申し上げます。
 西本願寺津村別院(北御堂)と東本願寺難波別院(南御堂)を参拝し、この二つの御堂の真ん中を通っているのが「御堂筋」であると初めて知り、また、大阪城が石山本願寺の跡地に建てられてあるということも再認識し、浄土真宗ゆかりの地巡りを満喫しました。台風被害の倒木を横目に見ながら、ボランティアガイドさんの丁寧な案内で、大阪城の広さが体感できました。天守最上八階まで登る階段では足が限界にきていました。
 その夜は海鮮鍋に舌鼓を打ちながら、一日目の疲れを吹き飛ばしました。
 翌日は、あべのハルカスからの眺望を楽しみ、梅田での昼食バイキングに備えるため、心斎橋通りを歩きに歩き通しました。
 同行の酒居さんが付けていた万歩計は、昨日から、すでに、一万八千歩を超えていました。
 個人的には、久しぶりに訪れた大阪でした。楽しく、充実した学びの中で、足も鍛えられ、胃袋も満たされ、頭脳がクリアーになりました。
 梅鶯仏教壮年会の皆さまに感謝しつつ、会の益々のご活躍を願っております。 了
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2006年05月29日

住職挨拶

 『その風に継ぐといえども 自力より出づる振る舞いあれば 語るにもおよび難し。 その風を得て心より心に伝える花あれば 風姿花伝と名付く』これは室町時代の世阿弥の言葉です。
 「風姿花伝」、つまり風の姿を花が伝えるということですが、本物と呼ばれるものは、それ自体が語り継がれるのではなく、その真実性に影響を受けたものの姿によって伝えられていくということでありましょう。
 法輪寺は享徳年間に蓮如上人の弟子「遜慶」によって坊舎が建てられ、慶安二年<1649年>に「道西」によって開基せられました。
 以来三百数十年の歴史を刻んでいます。その歴史は、お念仏が理屈で伝えられてきたのではなく、お念仏によって悦ぶ人たちの姿によって相続されてきたものでありましょう。
 この度法輪寺のホームページを開設致しました。このホームページが今後の法輪寺の歴史において「風姿花伝」となることを願っています。
(法輪寺住職 長野了法)
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